栗本薫『真夜中の切裂きジャック』。
- 作者: 栗本薫
- 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
- 発売日: 1997/04
- メディア: 文庫
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作家栗本薫は、一般に、長編の人として知られています。
個人が書いたものとしては世界一の長さを誇る『グイン・サーガ』を初め、『魔界水滸伝』、『夢幻戦記』、『天狼星』、『六道ヶ辻』など、数々の大長編をのこしている。
しかし、少なくとも全盛期の栗本は、短編作家としても、稀有な異能を発揮していました。その証拠を収めたショーケースが、即ち、本書『真夜中の切裂きジャック』です。
表題作『真夜中の切裂きジャック』を初めとする七本の短編が収められているのですが、いずれ劣らぬ切れ味、しかし、ここでぼくが取り上げたいのは、歌舞伎俳優を主人公にした「獅子」と「白鷺」の二本です。
代表作『絃の聖域』を読めばわかるとおり、この手の芸道小説を書かせると、このひとはうまい。本当にうまい。芸に生きるものたちの、常人には理解されえぬさだめの修羅を、克明に描き出して間然としません。
特に「獅子」は、迫り来る死を目前にして、なお、芸道に打ち込み、一生の成果を半年のうちに成し遂げようとする若者を描き、読者を打ちのめします。
そしてまた、その文章の、独特のリズム、これが、いちど嵌まってしまうとたまらない魅力に思えてくるのですね。
その――
霏々として吹きあれる雪の中で、赤いものが、しだいに大きくふくれあがって、人々の心をぬりつぶしはじめている。鷺の精が、踊り狂い、救いをもとめ、のたうつたびに、その、雪をそめる鮮紅のいろは、このあやしい変化の生きものの足をしたたり、純白の雪をさながら雪姫が描いて生命を得たねずみのように、生命あるものにふるえおののかせる。「白鷺」
栗本薫の作品を読んでみたいけれど、大長編ばかりでちょっと、という向きは、ここから入って見るのもいいかもしれません。良くも悪くも、彼女のエッセンスが詰まった短編集です。