川上稔 『境界線上のホライゾン』GENESISシリーズ

 夜風に虫の声が混じり、少しずつ過ごしやすくなっている昨今、夏休み明けに危惧される新型インフルエンザの第二次感染拡大が果たしてあるや否やが心配な今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか、fruitskukuruです。
 さて今回は、爪が皮膚に食い込む勢いで力拳を握りたい、熱い物語を求める「男の子」を満足させたい気分に、このシリーズ。

 ライトノベルであるっ!
 って、ま、電撃文庫って時点でライトノベルなのは当たり前なんですが、物理的には全然ライトでないのが本書の特徴。
 物語の本当の序盤の第1話であるにも関わらず、上巻540ページ、下巻770ページと、合計1000ページを超える分量を誇る本作を無理矢理一言にまとめるなら、

「世界を股にかける『王』を目指す少年の物語」

 濃すぎるにも程がある(ほんとうに)多数のキャラクターの中で、群を抜く存在感を示す主人公の特殊能力は、馬鹿で無能でオパーイ好き。
 ……いや、本当にそうなのだから仕方がないのですが、『王』と言えば有能で器用でなければ、という思い込みを根底から払拭されるほど、本作では彼が『王』たる資格を、かなり真面目に語ります。

「俺、自分じゃ何も出来ねえけど、だからこそ、今、誰が何出来るかはちょっと解るんだよな。それで、アイツが仲間になったらさ、……俺達、かなり無敵だろうって思うんだよ」

「オマエらは出来る。――出来ねえ俺が、保証するさ」

 超未来。
 荒れ果てた地球を再生させるために、一度宇宙へ旅立った人類が、環境がスッカリ変わってしまった地球へ戻ってきて十数世紀。
 人々は過去の歴史を再現させるという営みを続けている、という世界設定。
 これ、作者がベテランであるからこそ成り立つ設定で、設定そのものには(多分)深い意味がないんだと思われます。
 作者の狙いは単純に、

・主人公を日本人にする。(読者が日本人だから)
・主人公たちを学生(上限18歳)にする。(主な購買層が中高生だから)
・主人公たちが中世の世界史、日本史を舞台に、実名の歴史人物たち(但し襲名者)と丁々発止を繰り広げる。

 上記の条件を成立させるがための世界設定であり、アルマダ会戦やら三十年戦争やらヴェストファーレン会議などの、中世世界史を現代版解釈でなぞっていく、という書き方をするとお堅い内容のようですが、もっと分かりやすい言い方をすれば、

「中世世界史を舞台にしたスーパー有名人大戦」

 まぁ、いろいろ人類が無茶をしていた時代、果たして日本人が世界史に介入できていたら、いったい誰が一番強かったんだろう、という歴史好き中高生が妄想しそうなイフを、真剣に膨らませてみました、と言ってしまうと今度は軽すぎる印象ですがね。それでも、年代のすり合わせは無視して、教科書的に有名な人物はほとんど網羅しているから、そうとしか言えませんが。

 神道あり、魔術あり、巨大ロボットあり、メイドロボットあり、航空戦艦あり、獣人あり、竜あり、侍あり、忍者あり、キリスト教からイスラム教まで網羅して、およそオタク業界と言われるありとあらゆる要素をごった煮しながら、
 しかし戦争を語る要素に、政治と経済と歴史の流れと食糧事情をシビアに織り込むという重厚さもあり。
 基本的には、超常の力を持つキャラクターたちがバトルに次ぐバトルを繰り広げていくのですが、そこに至るまでの政治的な駆け引きなども緊張感があり……ありながらも所々でオパーイやらホモ同人やらエロゲといった単語が平気で飛び交う、そんな『濃い』、しかし「『王』とはなんぞや?」と真剣に考えさせられる物語展開。

 実際、仕事が出来る=人使いが巧み、じゃないというのは、社会人を経験しないと実感できないかもなぁ、と思ったり。
 むしろ、主人公を徹底的に無能で馬鹿にすることで、「自分の利益のために他人を効率よく動かすセコイ男」という印象を与えないってのは、逆考すると、よく練ってあるよな、と。
 天才であるが故に、誰も信じられなくなって孤立、というのはよくある展開ですけど、無能であるが故に、皆に頼らないと物事を成し遂げられないから人気者って、王道を知り抜いたからこそ出来る逆手発想だと思うんですよね。
 ま、それは穿った見方ですが。

 読書の秋も目前。
 秋の夜長でも読み切れない分量であることは確かですが(二巻は上下あわせて2000ページ強)、「エロ」「友情」「勝利」と言ったキーワードが大好きな「男の子」を満足させるだけの熱量も十分な本作。
 挑む、という前向きな姿勢のある時に、是非。
 熱い男の子たちと、そんな男衆に厳しい態度の美少女たちが満載な、『世界史』がそこに。